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「赤井くんには彼女がいない~ハッピーエンドの描き方~」 刊行直前ショートストーリーWEB連載(その2)

「赤井くんには彼女がいない~ハッピーエンドの描き方~」 刊行直前ショートストーリーWEB連載(その2)

2月3日発売予定の「赤井くんには彼女がいない~ハッピーエンドの描き方~」の
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聞けば「二年参り」というのは古くからある言葉ではないのだという。

 幼い頃から両親が当たり前のように口にしていたので、黄瀬ひなたはてっきりそれを伝統的な参詣の方式か何かだと思っていた。

 だが、中学三年の今年になって、友人である源川雪穂を「二年参りに一緒に行かない?」と誘ったところ、きょとんとした顔で「何それ?」と言われてしまったのである。

 そんなわけなので注釈しておくと、二年参りというのは「大晦日の深夜零時をまたいで神社にお参りすることで、二年にわたってお参りした感じになれる」というものである。地域によっては大晦日の夜に参詣し、一度帰宅して元旦に改めて参詣するという「きちんとした」ところもあるらしいのだが――こういう事に関して、人間は楽をしたがるモノなのだなあ、とひなたは思う。社会科の授業で勉強したことがある、たとえばお経が書いてある回し車を回すことでそれをたくさん読経したことにしてみたり、特定の日にお参りするとたくさんの日をお参りしたのと同じ分の御利益があると決まっている神社があったり、信仰というのもいいかげんなものだ。

 いやまあ、なんか今の日本人は基本的に無宗教だっていう話だし、本当の意味で信心深いということがどういうことなのか、ひなたにはよくわからないのだけれども。

 12月31日の22時57分。

 ひなたは自室のスタンドミラーと向かい合って、お参りに着ていく服を選んでいた。

 お参り程度、ではあるのだ。

 コンビニ前で雪穂と待ち合わせて、一緒に神社に行って、お参りをして帰ってくるだけ。別に着飾る必要なんてない。

 のだけれど。

(……地元の神社、だもんね)

 これは関係ない話だけれど。

 ひなたは思う。

 これは全く関係ない話だけれど、このあたりには神社といえば「市杵島神社」しかない。小さな神社ではあるけれども、ひなたの家の最寄り神社も、赤井夕陽の家の最寄り神社も、そこである。

(……)

 ひなたは拳を握りしめて、少しだけ気合いを入れる。

 

                    *

 

 長い髪をいつも通りのツインテールに結び、白いパーカーにデニムのミニスカートを合わせた。鮮やかな赤のコートをまとい、ニーハイブーツをはいて、マフラーをまけば出陣準備完了だ。

 待ち合わせ時間の23時30分ちょうどにコンビニ前に着くと、雪穂はその自動ドアの脇でひなたを待っていた。

「やっほー、雪穂」

「あ、ひーちゃん」

 雪穂は中学2年の時に同じクラスになって以来の、ひなたの友達である。アクティブなひなたに対してやや大人しすぎる感もあるが、そのあたりが逆にでこぼこコンビ的にいい具合になっているのか、一緒にいて心地の良い相手だ。今日も落ち着いた印象の紺色のコートに、無難な茶色のブーツを合わせている。

「待った?」

「ううん、さっき来たところ」

 雪穂はふるふるとかぶりを振る。

 が、その頬が紅潮しているのは寒い中で立っていたためだろう――とひなたは判断し、

「中に入ってればよかったのに」

 言いながら歩き始める。

 雪穂はその横に慌てて並びながら、

「でも、買い物するわけじゃないから……」

「痴漢とかに絡まれたらどうするのよ」

「……それは怖いけど」

「年末年始だし、酔っぱらいも多そうじゃない?」

「……」

 雪穂は無言で、ひなたとの距離をわずかに縮めて来た。……少し脅かしすぎたかもしれない。

「ま、まあ、お参りに行くんだし、神社の近くなら変な人もいないでしょ。それに、ほら、周りにも人が増えてきたし」

 気休めではなく、周囲にはちらほらと参詣に向かうのであろう人々の影が見えている。神社に続く道は大通りから少し離れているものの、常から設置されている街灯に加えて提灯があちこちに灯されており、あたりはそれなりに明るかった。

「そ、そうだよね」

「うん。それにしても、今年ももう終わりかー」

 ひなたが言うと、雪穂が感慨深げに続ける。

「なんか、あっという間だったね」

「そうだね……雪穂の第一志望、美杉北だったよね?」

「うん」

「そっか……うん」

 あと一ヶ月と少しで、高校受験が始まる。ひなたの第一志望は藍園学園高校だ。学校自体の偏差値としては藍園学園高校のほうが美杉北高校よりも高いが、雪穂の学力がひなたに劣っていることはない、とひなたは思う。ただ、美杉北高校が公立であるのに対し、藍園学園高校は私立で、学費が高い。その代わりに大学までエスカレーター式であるため、大学受験に際する代価の一切――塾などに通う費用、いくつもの大学を受ける受験料、それでも消せない浪人のリスクなどが無くなることになるのだが。

 しばらく前までは、雪穂と一緒の高校に行きたい気持ちも強かった。だけれどもいい意味でも悪い意味でも真面目すぎるひなたは、「自分の受験は自分一人の受験ではない」と思うのだ。

 両親はひなたに期待して、中学一年のときから進学塾に通わせてくれている。学校の先生たちもひなたに目をかけてくれている。塾の講師だって、ひなたのためにどれだけがんばってくれているか計り知れない。

 もちろん、そのそれぞれに損得があることだって解っている。両親だって学校の先生だって塾の講師だって、ひなたが良い学校に行けば様々な意味でプラスがある。だけれども、それ以上の「気持ち」があることも、ひなたにはわかるのだ。

 だから、ひなたは全力でそれに応えなければならない。行ける範囲で、可能な限りで高いレベルの結果を残さなければならないのだ。それは父のためであり、母のためであり、教師のためであり、講師のためであり――もちろん自分のためでもある。

(……でも)

 なんとなく、神社へと向かう人の群れを目で探る。

 まだ人の姿自体がまばらなこともあって、その中に知った顔は無い。

「もうすぐ、別々になっちゃうのかー」

 雪穂は暗い空を見上げながら呟くように言い、それからひなたを見やって、

「やっぱり、赤井くんの志望校、聞いておいてあげればよかったかな?」

「――な」

 ひなたの顔が、一瞬で紅く染まる。

 ツインテールを逆立てて、

「あ、赤井くんは別に関係ないでしょっ!?」

「まーたまたー」

 雪穂はくすくすと笑い、

「いいかげん認めちゃえばいいのに」

「べ、別に私はっ」

 赤井くんのことなんて。

 ――そりゃまあ、どこの高校を受験するのか、気にならないって言えば嘘になるけど。でも、別にこう、男の子として好きとか、そういうのじゃない――と、思う。

 いや、うん、たしかに。たしかに私は、そういう、色恋沙汰というか、そっち方面には疎いけど。この歳になって、これが初恋なのかなー、って思ったりもしてるけど。

 ん、あれ? それじゃやっぱり私は、赤井くんのことが

「……別に私は?」

「あー、いや、なんというか」

「あ、赤井くん」

「えっ!?」

 ひなたは素早かった。

 一瞬で髪を整え直し、衣服の乱れをチェックして、微笑みを浮かべて、

「……どこ?」

「がいたとおもったけどきのせいだったー」

「何よその棒読みは……」

「ひーちゃんさ」

 雪穂はちらりとひなたを見やり、

「チャンスはもうあんまりないよ? これから受験シーズンになったら公欠も増えるし、バレンタインなんて受験日程真っ只中だしさ。卒業して学校がバラバラになったら、そのままになっちゃう気がするし」

「……」

 たしかに、それはそうなのだろうと思う。

 でも、だからと言って、どうすればいいのだ。

 まだ私は、赤井くんのことが好きって決まったわけでもないのに。

「あ、赤井くんだ」

「もう、いい加減に――」

 言いかけて。

 雪穂が示す先を見やって、ひなたは一瞬思考停止する。

 夜の道。

 神社へと続くゆっくりとした上り坂に、参詣客の列ができている。

 その最後尾に、中学生男子の三人組がいた。

 どの顔も知っている。同じクラスだからだ。ひなたは学級委員をやらされているので、下の名前まで憶えていた。

 手前から順に、大竹雄二、赤井夕陽、吉野大樹。

 ひなたが雪穂と一緒にお参りに来たように、この三人も一緒にやってきたのだろう。

 自然、ひなたの視線は中央に立つ夕陽に向く。特徴のない感じの無難な髪型、やや細めの顔立ちは美形と呼ぶほどではないが整っており、タータンチェックのマフラーを巻いて、濃い紺色のコートに身を包んでいる。

「声、かける?」

「いい、いい、いいっ」

 ぱたぱたと手を振ってひなたは言い、そっと雪穂の陰に隠れる。

「ちょっと、間に人が並ぶまで待とう?」

「……別にいいけど」

 あきれ顔の雪穂と一緒に、家族連れを間に挟んでから列の最後尾に並ぶ。

「なんか、ひーちゃんって少し変わった……わけでもないのかな」

「? 何、それ?」

「いや、だって私と知り合った頃は、もっとこう、勢いがあったというか。進みたい方向に壁があったらとりあえず体当たりで壊しちゃうような感じだったじゃない」

「……なんとなく、わかるけど」

  でもそれは、自分の進む道が正しいと信じていたからできたことだ。「あの時」だって、自分のすることが雪穂のためになると信じていたから行動できたのだ。だけど、今回のこれは――

  自分の行動が夕陽にとってプラスになるかどうか。

  もっと言ってしまえば、自分にとってプラスになるかどうかすら。

  わからないのだ。

「……」

  ひなたはちらりと、同級生三人組を見る。いつもの調子で大竹がバカなことを言ったのだろう、夕陽と吉野が笑っている。その輪の中に加われたらいいのに、と少しだけ思う。

「話しかける?」

「だ、だからいいってば」

 ひなたは雪穂を制止して、ポケットからスマートフォンを取り出して時間をチェックした。

 いつの間にか、時刻は二十三時五十五分を回っていた。さっきからちっとも意識していなかったが、定期的なリズムで鐘の音が響いている。除夜の鐘だ。いつから鳴っていたのだろうか。

 もうすぐ今年が終わる。来年がやってくる。

 ――そうだ、その瞬間、赤井くんを見ていよう。

 ひなたはそう思いつく。

 赤井くんの姿を見ながら終える一年はいいものだと思えるし、

 赤井くんの姿を見ながら迎えるー年はいいものになると思う。

 ……別に赤井くんのことが好きなわけじゃないけど。

「ねえ、ひーちゃん」

「んー?」

「何をお願いするか、聞いてもいい?」

「聞いてもいいけど、答えないよ」

「ぶう。やっぱり真面目な受験生としては、合格祈願かなって思うんだけど」

「うん……」

「私の好きな漫画の主人公が、自分のことは自分でなんとかできるからいいって言って、周りの人たちの無病息災をお願いしてて、それってちょっといいなと思ったんだよね」

「じゃあそうすればいいんじゃない?」

 素っ気ない返事になってしまった、と思う。でも、あと三十秒ほどで新年なのだ。夕陽から目を離すわけにはいかない。

 ――あれ、どうしよう、今から赤井くんを凝視しているとして、どうやって新年を迎えた瞬間を知るのだろう。雪穂に教えてくれと頼むべきだろうか。

 と思ったところで。

「十!  九!」

 行列のあちこちから、誰からともなくカウントダウンの声が上がった。

 これは助かる。

 ひなたはじっと夕陽を見つめる。大竹と吉野と、三人で一緒に新年までのカウントをしている。

「六! 五!」

 ひなたはその夕陽の声に集中する。夕陽の姿を見ながら、夕陽の声で新年を迎えよう、と思う。ちょっと外野は多いかもしれないけれど、それほど幸福なことはない。

「四! 三!」

 そのとき。

 前の親子連れの父親がわずかに位置を変えて、夕陽の姿が見えなくなった。

「二! 一!」

 ひなたは慌てて、その父親の前に移動した。

 そして、

「あけましておめでとう!」

 群衆が口々にそう言ったとき。

 ひなたの目の前に、夕陽がいた。

 人間、視界の中で不意に動くものがあれば、自然と目で追ってしまうものである。

 そのときの夕陽は、突如前に出てきたひなたに反応していた。

 わずか五十センチほどの距離で、夕陽と見つめあい――

「……あ、あけましておめでとう」

 ひなたは言って。

「……あけましておめでとう、黄瀬さん」

 夕陽はそれに応えた。

 

                    *

 

 ひなたはすげえ混乱していたし、すげえ舞い上がっていた。

「偶然だね、黄瀬さん。初詣? ……って、聞くまでもないか」

「そ、そう、初詣。ゆゆ、雪穂と一緒に来て」

 だからひなたが、たった今自分で口にした雪穂のことも、さらには大竹と吉野のことも、一瞬とはいえすっぽり忘れていたことを責められはしまい。

「え、えっと、赤井くん」

「うん?」

 夕陽の前で、ひなたは精一杯かわいい顔をした。微笑み、両手を後ろに組んで、

「こ、今年もよろしくね」

「うん、こちらこそ、よろしく」

 夕陽がぎこちなく微笑みながら言って、

「おー、黄瀬じゃんよー」

 大竹が横から話しかけてきたことに、一瞬気づかなかった。

 不覚だったと思う。

「何見つめあってんだよー。新年早々」

 そこまで言われて、ようやくひなたは状況を正しく思い出した。

 ぼん、と音でもしそうな勢いで顔を赤くして、

「な、ななな何言ってるのよばかじゃないの偶然だし見つめあってなんかないし別に嬉しくなんてないし!」

 言い放って回れ右して、雪穂のもとに戻りながら、失言に気づいた。

 まるで嬉しがっているのを隠しているような口ぶりになってしまった。

「ひーちゃん……」

「な、なによ」

「耳まで真っ赤だよ」

「ほっといてよ!」

 ひなたは言って、マフラーの中に顔をうずめた。消えてしまいたい。周りの人々の笑い声が、全て自分を笑っているような気がした。

「まあ、ちょっとだけドンマイだけどさ」

 雪穂は言う。

「でも、あれだよね。最高の一年の始まりなんじゃないの? 好きな人と顔つきあわせながら迎えるなんてさ」

「  」

 ひなたは口をぱくぱくさせて、しかし言葉はでなかった。

 いや、しかし、言われてみれば。

 年が変わる瞬間を、見つめ合いながら過ごした、のだ。

 別に赤井くんのことが好きなわけじゃないけど。

(……)

 ポケットの中に用意していた五円玉を、手袋越しの手で握りしめる。

 マフラーに隠した口元が、どうしてもにやけてしまう。

 

 うん、願い事は、決まった。

 

 空を見上げると、冬の星が瞬いていた。

 夜中だからなのか、それとも年末だからなのか、空気が澄んでいる、と思う。

 気持ちのいい新年の迎え方ができた。

 良い年になるだろう、きっと。

 受験まであと一月と少し。

 今年もがんばろう。

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